反省症例:腹痛

僕が副直として当直中に経験した症例です。(個人情報保護のために、一部情報は改変しています)

 

70代の胆摘の既往のあるADL自立した男性が、3時間前の急性発症の腹痛で搬送されてきました。

横になっていた時に、突然、臍周囲が痛くなったとのこと。搬送時は痛みは10段階で7→3へ改善していました、

 

肥満体形で、腹部膨満しておりますが、反跳痛や筋性防御は認めませんでした。腹部レントゲンではわずかですが、二ボー形成様の所見を認めました。腹部エコー検査では腹腔内液体貯留はなく、一部軽度肥厚した小腸を認めました。

 

皆さんはどのような疾患を想起しますか?

多くの方は、イレウスを鑑別に挙げると思います。この時、主直の先生も、僕も、同じように、イレウスを考えました。腹膜刺激症状はなく、バイタルも安定しており、症状も改善傾向のため、緊急手術の必要はないだろうと思い、腹部CT検査は翌朝検査することにし、入院の方針としました。

ここでふと、血液検査を再度確認すると、D-dimerが6μg/mLと軽度上昇していました。突然の発症、疼痛は軽減も残存、血圧は150/80mmHg前後、D-dimer高値から、僕は別の疾患の可能性を考えました。腹部大動脈解離です。腹部エコーでflapを念入りに探しましたが、皮下脂肪が厚く、腹部大動脈は描出できませんでした。上行大動脈や総頚動脈は描出でき、flapはありませんでした。

主直の先生に、「腹部大動脈解離の可能性とかはどうでしょうか?」と提案しましたが、主直は消化器内科のDr.で「このレントゲンはイレウスだよ。麻痺性イレウスじゃないかな?D-dimerは、高齢者だし高いことはよくあるよ。」とのこと。

「腹部エコーで大動脈が描出できないけど、腹痛は収まってきているし緊急感はないかもな。消化器内科医がイレウスと言っているし、そうなんだろう。」、と自分なりに解釈し、病棟に入院させました。

 

 

翌日勤帯で、腫瘍などでの単純性イレウスの除外目的に施行した腹部造影CT検査では、完全偽腔閉塞型腹部大動脈解離の所見を認めました。手術適応はないので、循環器内科へ転科となりました。入院中は収縮期血圧160mmHg前後で推移しており、急いで降圧を開始しました。

万が一、解離腔が進展していたり、腎動脈や総腸骨動脈を巻き込んでいたら、腹部大動脈瘤の切迫破裂の経過だったとしたら、と考えるとぞっとしました。

急性大動脈解離において、D-dimerを0.5μg/mL以上をカットオフとすると、感度は何と96~100%と言われています。つまり、検査前確率が低ければ、D-dimerだけでも大動脈解離は除外できてしまうと言えます。(あくまで検査前確率が低い時にはです。)一方で、特異度は54~61%程度と言われて、D-dimerが高いからと言って、大動脈解離の確定診断にはあまり寄与しません。簡便性から用いられることの多い、経胸壁エコーも感度・特異度(59~83%・63~83%)的にはいまいちで、また、行う人のエコーの技量も大きく関わってきます。経食道エコーなどもありますが、侵襲が大きく、むしろ血圧上昇を招くのではとの声もあります。(また、経食道エコーでは腹部大動脈は評価できません。)

D-dimerの感度は高いですが、4%の見逃しを考慮すると、大動脈解離を少しでも疑った場合は、単純でも構わないのでCT検査を考慮する必要があるのかもしれません。

 

今回の症例では、Overconfidence Bias、Anchoring Biasが診断の妨げになったのかなと思われます。自分が引っ掛かりやすいBiasを意識しながら、診療を行っていきたいです。